加賀藩が育んだ文化の奥行きへ。金沢と高岡でめぐる加賀前田家の美と技~金沢編~

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大河ドラマでも話題の戦国武将・前田利家は、天正11年(1583)に旧領能登を加えて加賀・金沢を拝領し、金沢に入ります。当時の利家は46歳、まずは金沢城の築城からはじめ、天正16年(1588)には加賀・能登・越中(現高岡を含む富山全土)にまで加賀藩の領土を広げていきました。利家の死後、加賀藩前田家は徳川幕府からの厳しい監視の目を背けるため、能や狂言、茶の湯などの文化奨励策を実施。長男・利長は領土をさらに広げ127万石まで拡大。外様大名の中でも大藩となる加賀藩を不動のものにしていきました。

今回紹介するスポットは、加賀藩前田家によって開かれた石川県金沢市と富山県高岡市。当時の文化が脈々と受け継がれる両市をめぐる旅です。北陸新幹線では1駅(約13分)、車でも1時間弱という2つのまちの名所を訪ね、両市の深いつながりを紐解いていきます。さまざまで意外な共通点も見付けていく、興味深い歴史とグルメの旅に乞うご期待。

それでは優雅で力強い武家文化が花開くまち、金沢をご紹介します。

金沢の紹介

加賀藩祖となる前田利家が城下の骨組みを作り、現在の金沢の礎を築きあげました。利家は天文7年(1538)、尾張国荒子村(現名古屋市中川区)に生まれ、15歳で織田信長に仕えます。数々の手柄をたて、出世を繰り返した利家は加賀藩を手に入れ居城を構えます。前田家代々は大藩であるがゆえに幕府に目を付けられますが、反逆の意志ないことを示すため、文化・工芸に力を注ぎます。
3代前田利常は、高名な茶人を招き茶道具を収集。京都や江戸などから工芸の大家や職人を集め金沢に住まわせました。さらに文化振興策は武士だけではなく、庶民にまで奨励したため、着物の加賀友禅、茶道具の金沢漆器や金箔、九谷焼、和菓子などが、今日に伝わる伝統工芸に発展。優雅な百万石文化が花開いていったのです。

・金沢市内はボランティアガイドの「まいどさん」が案内してくれます

江戸時代へタイムスリップ「長町武家屋敷跡」

戦災を免れた金沢、町のあちこちで藩政時代の面影を色濃く見ることができます。まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような長町は、加賀藩の上・中級武士の住居エリア。両側の土塀とクランクように入り組んだ小道が続きますが、これは追っ手から逃れるための策。時代を越えて、当時の武士の息遣いを感じられるスポットとなっています。
金沢は能楽が盛んで「謡いが空から降ってくる」との言葉があり、庭師が木の上でも謡いを楽しんだというほど、武士も庶民も文化に親しみました。武家屋敷の松に登り、職人が剪定しながら機嫌良く謡いを口ずさむ姿が垣間見えるようです。
しっとりとした黒瓦が風情を増す屋敷は今も住まいとして使用
中級武士の住まいだった屋敷を公開
大野庄用水は屋敷内に取り込まれ、池泉回遊式庭園が造られます

前田利家と正室まつを祭る「尾山神社」

遠くからでもひときわ目を引くのは、色鮮やかなギヤマンに彩られた神門です。和漢洋折衷のしなやかなフォルムが斬新で見ごたえたっぷり。「使用されているガラスは4色ですが、光の具合で5色に見えるため五彩のギヤマンといわれます」と案内のまいどさん。「夕日に映える時間帯もおすすめですよ」。
境内には長い槍を携え、矢を防ぐための母衣(ほろ)を背負った勇ましい利家の像も。傍らには内助の功で利家を支えた、まつの像も並びます。尾山神社の境内は通り抜けができ、奥に歩けば金沢城公園の鼠多門口にたどり着けます。
尾山神社
明治8年(1875)に建立した門。国の重要文化財
前田利家の銅像

前田家の居城「金沢城公園」

金沢城は、前田利家から14代にわたって前田家の居城となった場所です。往時の建物は火災で大部分を焼失。戦後は金沢大学のキャンパスとして使われていましたが、大学の移転後、公園として整備されました。復元された建物も多く、菱櫓、五十間長屋、橋爪門続櫓をはじめ、河北門、玉泉院丸庭園、鼠多門・鼠多門橋など、往時の工法を用いて次々に蘇っています。藩政期から残る石川門や三十間長屋とともに金沢の歴史を物語る、重要なスポットに。現在、二の丸御殿の復元整備が進められていて、ますます江戸時代に逆戻りできる楽しみなエリアです。
青石、赤石の配色が独特のやわらかい雰囲気を醸し出す戸室石
利常が作庭を始めた玉泉院丸庭園。2015年に再現
桜に映える石川門は天明8年(1788)に再建された

上品な味わい金沢おでん「鏑木食堂 武家屋敷店」

加賀藩は百万石を誇る豊かな藩であり、昆布だしを用いた上品な味付けや地元食材を活かす食文化が発展した地域。
そこでお昼のおすすめは、近年人気の金沢おでん。鰹や昆布から丁寧に出汁を取った金澤おでん定食は、大きな車麩や加賀野菜の源助大根、キュートな赤巻きかまぼこなど、金沢ならではのおでんダネばかり。季節に応じて食材も変わり、その時期ならではの味わいを楽しめます。
いただくのは長町武家屋敷跡、古民家を利用した金沢らしい建物。文化2年(1805)に開業した九谷焼を扱う商家、鏑木商舗が手がける「鏑木食堂 武家屋敷店」です。
館内には九谷焼ショップと九谷焼で食事を楽しめる食事処を併設。庭園を見渡す食事処では定食のほかカフェメニューも楽しめます。
外観
金澤おでん定食
九谷焼ショップも併設

1625年創業「加賀藩御用菓子司 森八本店」

茶の湯が盛んな金沢は、茶席用の洗練された和菓子が発展。森八は加賀藩のお抱え菓子店として、金沢の菓子文化を牽引してきた老舗です。看板商品でもある落雁の「長生殿」は、日本三名菓のひとつといわれ、阿波和三盆糖と北陸産もち米、水飴を使い伝統製法で仕上げられます。これは前田利常の命で作られた由緒あるお菓子なのだとか。
「気温や湿度はもちろん、粉に触れる手の温もりまでが影響する繊細な菓子なんですよ」。そんな伝統菓子の体験コースが人気。優雅で至福のひとときを楽しめます。
外観
落雁手作り体験
最後に自分で作った落雁とお抹茶で一服

高岡の紹介

金沢と歴史的なつながりが深い富山県高岡市。金沢を築いた前田利家の息子である2代前田利長によって開かれました。高岡城の城下町として発展し、加賀藩が招いた職人たちが活躍した工芸の町であると同時に、商人の町としても栄えてきました。なかでも高岡銅器の発展・繁栄はめざましいものがありました。金沢と同じく、金屋町や山町筋、古城公園など、藩政時代の遺構が随所に残っていますので、奥深いまちめぐりを楽しめます。
また、高岡市はそれよりずっと以前、かつて越中国の国府があった地としても知られます。奈良時代に大伴家持が国守として高岡に赴任し、日本最古の歌集『万葉集』にこの地で詠んだ歌を多く残しています。

・高岡市内は今回、ボランティアガイド「あいの風」が案内してくれます。

▼ 高岡編の記事はこちらから

加賀藩前田家が治めた金沢と高岡

江戸時代、加賀藩前田家が治めた金沢市と高岡市。藩にとってはどちらも重要な役割を担っていました。金沢は前田家の居城、金沢城の城下町であり、藩の政治・行政の中心地。武士や役人が住み、武家文化・工芸のまちとして。一方、高岡市は前田利長が進めた商工業の奨励により、商人のまちとして発展していきます。
同じ前田家が築いた両市には共通点が多く残り、往時の町並みをはじめ、伝統工芸や食の豊かさ、前田家が作庭した兼六園や古城公園、金沢の百万石文化の華やかさと高岡の御車山の豪華な祭礼などなど。
町歩きをすることで共通点や両市の違いなどを発見でき、興味深い加賀百万石の遺産に遭遇。いつまでも心に残る文化の薫りに満ちた旅を楽しめます。

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