秋田・男鹿のナマハゲの起源?【赤神神社 五社堂】の歴史や御朱印をご紹介

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赤神神社 五社堂
秋田県男鹿市にある赤神神社には5棟の社殿が並び建つ五社堂があり、重要文化財に指定されています。森に囲まれた五社堂とその五社堂へ続く999段の石段が特徴の赤神神社。赤神神社は秋田・男鹿半島の民俗行事「男鹿のナマハゲ」の起源にも関係があるのだとか。今回は赤神神社を楽しむために知っておきたい歴史やご利益をご紹介していきます。

「赤神神社 五社堂」とは?

秋田県男鹿市にある赤神神社の歴史は古く、貞観2年(860)年に寺院が建立されたと言われています。平安時代には赤神権現を信仰する修験道場に。このあたりの山岳一帯は古くから赤神権現を信仰する修験者の大道場として開けていて、最盛期には9ヶ寺48坊があったと伝えられていますが、現在は赤神神社五社堂と長楽寺のみとなっています。

有名な999段の石段を登ると、標高約180mのところに五社堂が建っています。山中に同形式の5棟の社殿が並び立つ姿は壮観です。五社堂に祀られているのは5匹の鬼で両親と子供3人の家族だといわれています。
5匹の鬼が祀られる五社堂

五社堂に続く999段の石段の歴史

五社堂へ続く999段の石段には古くからの言い伝えがあります。ここではみなさまにその言い伝えをご紹介します。

およそ2000年前、漢の武帝が5匹のコウモリを連れて男鹿に来ました。連れられてきたコウモリはやがて鬼に姿を変えますが、武帝は5匹の鬼たちを家来として使いました。

武帝が鬼たちに対し、正月の15日を1年に一度のお休みとしたところ、里へ下りては作物や家畜を盗んだり、里の娘を連れ去ったりと大暴れ。里の人々は困り果て鬼に対し「夜明けの一番鶏が泣くまでに石段を1000段積み上げることができれば、1年に1人娘を差しだすが、もしできない時には二度と里に下りてこない」という賭けを提案しました。賭けに乗った鬼たちの動きは想定よりも早く、慌てた里の人々は石段があと1段というところで、アマノジャクに一番鶏の鳴き真似をさせました。鳴き真似を信じた鬼たちは、失敗した悔しさから千年杉を引っこ抜き逆さに突き刺し山奥に帰っていき、二度と里には下りてこなかったそうです。
999段の石段
その後、鬼は来なくなりましたが、仕返しを恐れた村人たちは年に一度、鬼が里に下りてきた正月の15日に、里の人々は鬼を神様として奉るようになります。これが「男鹿のナマハゲ」の始まりだという説が残っています。
男鹿のナマハゲ
現在でも言い伝えにあるようなものが赤神神社には数多く残ります。言わずもがな石段は「鬼が一晩で積んだ」といわれるだけあり、不揃いで非常にデコボコしています。参詣する際には歩きやすい靴がおすすめです。また、札所には逆さ杉の名残と伝えられている木が保存されています。
石段の途中に建つ朱色の鳥居

神秘的な「姿見の井戸」と赤神神社の御朱印

赤神神社の境内には他にも神秘的なスポットがあります。それは覗いたものの余命をあらわすとされる「姿見の井戸」。古い井戸で毎年7月7日のお山かけ詣りで参拝者が1年を占うために自分の姿を映したと言われています。はっきり映れば健康な1年に、はっきり映らなければ災難に、全く映らなければその年に死んでしまうと信じられていました。少し怖いですが赤神神社に行った際は井戸の中を覗いてみてはいかがでしょうか。

赤神神社では御朱印をいただくこともできます。999段の長い石段を上った先、五社堂から向かって右の札所に御朱印の書き置きが用意されているので、御朱印集めをされている方はお忘れなく。
姿見の井戸
井戸の中を覗いてみてはいかがでしょうか

999段の石段を登りに赤神神社へ

赤神神社を参拝する際には、これまでご紹介した歴史や背景を思い出しながら、神社の良さに触れてみてくださいね。男鹿を観光する際にはなまはげに会うだけではなく、なまはげの起源や由来にまで触れてみてはいかがでしょうか?
秋の紅葉も美しい五社堂

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