曹洞宗のお寺がずらっと建ち並ぶ姿は壮観!青森県弘前市【禅林街と長勝寺】
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今回は、江戸時代から続く歴史を今に伝える「禅林街」と、その中心的な寺院である「長勝寺」の歴史や見どころについてご紹介します。
【禅林街】ってどうして作られたの?
「禅林街」は、精神的な守護だけでなく、城の南西を守る“砦”としての役割も担っており、軍事的な意図を含んだ構造であったとされています。そのため、弘前藩の防衛戦略の一端を担う重要なエリアでもありました。
【禅林街】の中心的な存在【長勝寺】
長勝寺のなりたち
「長勝寺」は、津軽家の菩提寺として特別な役割を担っており、禅林街33カ寺の中でも中心的な存在です。境内には歴代藩主や一族が眠る霊廟が建ち並び、今もなお津軽家の歴史を静かに語り続けています。
文化財がずらり!歴史の宝庫の【長勝寺】
長勝寺の象徴的存在である三門
1809(文化6)年には大修理が行われ、花頭窓の補修や仁王像の安置など、形式にいくつかの変更が加えられました。上層には禅宗様の三手先詰組(みてさきつみぐみ/細かく組まれた木組み)、高欄(こうらん/手すり)、逆蓮柱(ぎゃくれんちゅう/蓮の形を反転させた装飾柱)が使われています。また、柱が下から上まで一本で通る「通し柱」という特徴的な構造も採用されています。これらの点から、この楼門は江戸時代前期を代表する、非常に重要な建築遺構といえます。
全国でも最古級に属する本堂
建てられた当初は、庫裏(くり:寺の台所・生活空間)と同じ茅葺きの屋根だったと考えられています。内部は、もともと土縁(どえん:土間に近い縁)で、中央には両折戸(りょうおりど:左右に折れて開く戸)と欄間(らんま:戸の上に入れる装飾的な開口部)が設けられていました。
間仕切りは一間ごとに柱が立ち、二本溝の仕切り板がはめられています。また、鴨居(かもい:戸の上の横木)には「付樋端(つけひば)」という装飾材が取り付けられているのも特徴です。仏間(ぶつま)は板張りで、仏を迎える象徴として「来迎柱(らいごうばしら)」が立っています。さらに、背面の壁には、かつて祭壇が直接取り付けられていた痕跡も見られます。
こうした構造や意匠は、曹洞宗の本堂建築として典型的な形式を備えており、この本堂が全国でも最古級に属する、非常に貴重な建築であることを示しています。
津軽の歴史を学びに【禅林街】へ行こう!
また、弘前といえば欠かせないのが弘前城です。桜の名所として名高いこの城は、天守が現存する貴重な城郭としても知られています。「禅林街」・「長勝寺」を訪れたあとに弘前城へ足を運ぶと、津軽藩の歴史がより立体的に感じられ、当時の人々の暮らしや文化がぐっと身近に思えるはずです。歴史好きの方はもちろん、静かな時間を楽しみたい方や、古い建築に魅力を感じる方にもおすすめのエリアです。
弘前を訪れる際は、ぜひ「禅林街」と「長勝寺」、そして「弘前城」を合わせて巡り、津軽の歴史を心ゆくまで味わってみてください。
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●所在地
青森県弘前市西茂森
●アクセス
JR弘前駅より弘南バス 西目屋村役場/相馬線 約15分「茂森町」下車 徒歩約5分
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※画像提供:長勝寺
※画像はすべてイメージです。
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